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山口地方裁判所下関支部 平成元年(ヲ)296号 決定

主文

相手方らは申立人に対し別紙物件目録記載の不動産を引き渡せ。

申立費用は、相手方らの負担とする。

理由

1  申立人は、当裁判所昭和六一年(ケ)第七九号競売事件(以下、「本件競売事件」という。)において別紙物件目録記載の不動産(以下、「本件不動産」という。なお、以下、別紙物件目録一及び二を「本件土地」、同三を「本件建物」という。)を買い受け、代金を納付した上、引渡命令の申立てをした。

2  相手方らは、本件不動産を占有しており、その占有権限として、昭和六一年五月一日、本件不動産の競落前の所有者であった申立外佐々木秀子(以下、「佐々木秀子」という。)から本件建物につき短期賃借権の設定を受け、その頃から占有を継続していること及び本件建物につき内部改装及び造作工事を行なったことにより、同人に対し一九九〇万円の有益費償還請求権及び造作買取請求権を有しており、この支払いがなされるまで本件建物を留置する旨主張している。

3  そこで、検討するに、一件記録並びに相手方末広誠こと金教煥及び同佐竹明秀こと許明秀の審尋結果によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 本件土地は、佐々木秀子が昭和五七年八月二六日所有権移転登記(山口地方法務局下関支局受付第二一六〇九号、同二一六一〇号)を得て、同日、地銀生保住宅ローン株式会社を権利者として、共同担保で債権額九五〇〇万円の抵当権設定登記(同支局受付第二一六一一号)等をしたもの、本件建物は、同人が同年一二月九日保存登記(山口地方法務局下関支局受付第三一八六四号)をし、同日、同社を権利者として、本件土地と共同担保で債権額九五〇〇万円の抵当権設定登記(同支局受付第三一八六五号)等をしたものである。

その後、本件不動産には、同年一二月二五日申立外佐々木鉄雄(以下、「佐々木鉄雄」という。)を債務者とする信用組合山口商銀に対する極度額六〇〇万円の共同根抵当権設定登記(同支局受付第三三八四三号)、同五八年一二月二〇日琴永初を債務者とする朝銀山口信用組合に対する極度額八三〇万円の共同根抵当権設定登記(同支局受付第三一六五四号)、同六〇年五月一七日佐々木鉄雄及び佐々木秀子を債務者とする成田俊に対する各極度額五〇〇〇万円の各根抵当権設定仮登記(同支局受付第一一一五八号、同一一一五九号、一一一六〇号)が設定された。

(2) 本件競売事件は、上記地銀生保住宅ローン株式会社の抵当権の実行として昭和六一年八月二日本件不動産の競売申立てがなされ、同年八月七日競売開始決定に基づく各差押登記(同支局受付第一八四〇五号)がなされたものであるが、佐々木秀子は、同社の貸金九五〇〇万円につき、同五八年九月以降の元利を返済しておらず、また、本件競売事件の申立てに先立ち、同五九年七月九日山口トヨタ自動車株式会社から本件土地のうち一筆(別紙物件目録一の土地)につき仮差押(同支局受付第一七〇六九号)をうけているほか、同五七年度の市・県民税、同五八年度以降の固定資産税、同年度の不動産取得税等を滞納し、本件建物及び本件土地の他方の一筆(別紙物件目録二の土地)につき、同五九年三月一三日山口県より滞納処分による差押(同支局受付第六二九八号)を受け、下関市からも同年七月一三日(同支局受付第一七四二三号)及び同六一年四月二八日(同支局受付第九八九二号)参加差押を受け、それぞれその登記がなされた。

(3) ところで、佐々木秀子は佐々木鉄雄の内妻であり、琴永初は佐々木鉄雄の別名であって両者は同一人物であり、また相手方末広誠こと金教煥は暴力団合田一家小桜組組長、井上和人及び同佐竹明秀こと許明秀は同組幹部組員であり、右佐々木鉄雄こと琴永初も同組幹部組員である。

また、佐々木秀子は昭和六一年八月ころより、行方不明となり、同人に対する送達書類はすべて公示送達された。

(4) 本件不動産は昭和六一年五月ころより、相手方らが占有し、本件建物一階部分は小桜組事務所として、二階部分は組長の応接室として、三階部分は相手方井上和人が代表者である政治結社清流社事務所兼応接室として、また四階部分及び五階部分は同組組員の居室及び物置としてそれぞれ使用されている。

(5) 相手方らは、執行官の現況調査に際し、佐々木秀子から昭和六一年五月一日付けで本件建物を期間三年、賃料月額五〇万円、三年分前払い、敷金三〇〇万円、賃借権の譲渡・転貸自由との約定で借り受け、賃料及び敷金は支払い済みであると述べて、その旨記載し、双方署名押印した同日付け「建物賃貸借契約書」及び佐々木秀子作成の同日付け領収証二通(敷金三〇〇万円分と前払賃料一八〇〇万円分)を呈示し、また、入居後本件建物に内部改装・造作工事等を施したと述べて、槻田建設代表者作成の同月一〇日付け「御見積書」並びに同月二五日付け、同年六月二〇日付け及び同年七月二〇日付けの合計一九九〇万円の各領収書を呈示した。

(6) 更に、相手方末広誠こと金教煥及び同佐竹明秀こと許明秀は本件の審尋の際、平成元年四月二〇日ころ佐々木秀子との間で右賃貸借を期間一年間更新し、賃料六〇〇万円は前払いしたと述べて、その旨の同日付け「賃貸借契約書」並びに同月二八日付け佐々木秀子作成の六〇〇万円の領収書及び末広誠名義の株式会社山口銀行の総合口座通帳(その普通預金「お支払金額」の同日欄に六〇〇万円の記帳がある。)を呈示した。

4  以上の認定事実によれば、なるほど、相手方らは、本件競売事件の差押えの効力発生前から本件不動産を占有しているのであるが、相手方らの主張している賃借権なるものが設定されたのは、佐々木秀子が他の債権者から本件土地の一部に仮差押を受けたり、固定資産税等の租税すら滞納し本件建物等に山口県や下関市から重ねて差押え、参加差押えを受けたりして間もなくであり、しかも、本件不動産には、ほかにも佐々木鉄雄(琴永初)を債務者とする根抵当権が多数設定されており、債権者からの担保権実行も必至の状況にあったのであり、相手方らと佐々木鉄雄及び佐々木秀子との関係からして、そのことは相手方らにおいても知悉していたものと推認されるところ、相手方らは、本件競売事件の差押え直前に、敷金三〇〇万円のほか、賃料三年分一八〇〇万円をも前払いして本件建物を借り受けたとして本件不動産の占有を始めているのであって、それ自体不自然であり、現実に右のとおりの金員の授受がなされたとは認め難いし、短期の借り受けであるにもかかわらず、入居後多額の費用を投じたという内部改装等を行っていること、これらの費用は短期賃貸借が認められれば、有益費等として買受人の負担となるものであり、前記敷金及び前払賃料ともども、本件不動産の担保価値を著しく棄損し、また、買受希望の妨げとなるなど抵当権者にとっては極めて有害であること、相手方らのいう賃貸借契約には賃借権の譲渡・転貸自由という通常見受けられない約定が付されており、これもまた担保価値を減損させること、佐々木秀子は所在不明であり、当裁判所からの送達も公示送達によっているのに、相手方らのみは佐々木鉄雄を通じて、容易に佐々木秀子と接触し得たとして、右賃貸借契約を更新したと主張していること、右契約更新も期間一年として相手方らが多額の内部改装費等を投じたにしては控えめなものであることなど不合理な点が少なくなく、これらを総合すると結局、相手方らの言う賃借権なるものは、債権者による抵当権実行を予期した佐々木秀子及び相手方らが相はかって、これを妨害する意図のもとに短期賃貸借の外形を仮装したものと認めるのが相当である。

したがって、相手方らのいう賃借権なるものは民法三九五条の短期賃貸借保護の制度を濫用したものとして、同法一条三項により無効であり、本件不動産の買受人である申立人には対抗できない。

なお、相手方らは、本件競売事件の物件明細書備考欄に、短期賃借権の有効なことを前提として敷金及び有益費を買受人において引き受けることになる旨の記載があることをも指摘しているが、本来、物件明細書は、買受希望者に売却条件を明示することにより、買受人が不測の損害を被ることのないようにすることを主たる目的とするものであるから、右記載があることをもって、本件のように、引渡命令の段階において、結局短期賃借権は認められないものとの判断をすることの妨げとなるものではないものといわなければならない。

5  相手方らは、入居後本件不動産に内部改装等を施したことをもって、その費用等につき留置権をも主張しているが、上記認定のとおり、相手方らの本件不動産の占有は、短期賃貸借保護の制度を濫用するものとして抵当権者や買受人に対する関係で占有権限を認められないのであるから、これらの者との関係では不法占有にあたるのであって、その間に有益費等を支出したとしても民法二九五条二項により、留置権の生ずる余地はない。

6  よって、申立人の本件申立ては理由があるのでこれを認容し、申立費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 松尾嘉倫)

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